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Kana's notes

留学のこと、日々のこと、旅のこと、なんかふと思ったこととかをたまに書きたい。

みんなちがって、みんないい。

いつからだろう。

違い”を受け入れないような、

そんな雰囲気の文化に疑問を感じるようになったのは。

今振り返ってみると、 大学生になる前までは、

あらゆることを何も疑わずに生きてきていた気がする。

これはこうだよね。

だって家族がそう言っているから。

先生がそう言っているから。

テレビがそう言っているから。

みんながそう思っているから。

そんなことだらけだったような気がする。

それで何不自由なく生きていた。

大学生になって、 異文化コミュニケーションの授業を受けて、

自分がそれまでいかに自分のかけている狭い眼鏡のフレームから

世界を見ていたかに気付いたとき、

頭の中にそれまで積み上がっていたものが

すべてひっくり返されるような、 そんな感覚を味わった。

 

 

宮城に被災地支援として派遣されたボランティア活動のとき、

いろんな人に出会い、

いろんな価値観に出会い、

すべてのものごとにおいて、

いいところとだめなところが両方あって、

正解も間違いもないのだと気付かされた。

きっとこんな、人や価値観との出会いを重ねていくうちに、

自分の持つフレームが広がっていって、

“違い”が面白くなって、 どんどん “違い”を発見したくなった。

そして、じゃあなんでその違いが生まれたんだろうって、

それを考えるのがいちばん面白いことに気付いた。

 

 

ある特定の枠の中では

あれだけが違う、 あの人だけが違う、

これが “ふつう”、 みたいに、

大多数と少数のカテゴリーに分けられるようなことが多いような気がする。

そしてその少数のなにかが間違っているかのように見られることも多い。

暗黙の了解でそれが排除されることだってある。

いつからかそれに心の底から憤りを感じるようになった。

じゃあなにか自分自身が排除されたように強く感じる経験があるかっていうと、そうではない。

だけど、このことを考えると、言葉にはし難い、

もやもやとした、どうしようもない感情が溢れ出る。

個性を大事にしようと声高に叫ぶこの社会で作り上げられている、

その社会から求められる、 限られた範囲内の個性。

少しでもそれがサンプルと異なっていると、

それはもう枠の外のなにかであって、

ありのまま、それ自体で存在することが難しくなる。

 

みんなちがって、みんないい

金子みすずさんが詩の中でうたっていた。

小学生のとき国語で習った詩にでてきたこのフレーズは、

最近になってわたしのなかでどんどんと重みを増してきたような気がする。

どうして学校でこの詩が教えられるのか、

そこに必ず意味はあるのに、

みんな同じがなるべくいい”というような社会の雰囲気との 矛盾を感じざるを得ない。

 

アメリカ、特にニューヨークに来て思ったこと。

ここにいると、あまりにもはっきりとした “違い”が多すぎて細かいことを気にしていられない。

地下鉄に乗っていても、 隣の人は中国語でしゃべっているし、

そのまた隣の人はスペイン語

またまたその隣の人はフランス語、

前にいる人は…これは何の言語? といったような感じで

身の回りに多様性があふれている。

外見もみんな違う。

ファッションもみんな違う。

宗教も考え方もみんな違う。

こんな場所ではお互いにお互いのものを尊敬し合わないとやっていけないのだと実感する。

それが共に生きるための手段なのだと思う。

 

日本ではどうだろう。 いわゆる"グローバル化"は進んでいるとはいえ

やはりまだまだ日本で生まれ日本で育っている人が多数を占めているのが現状。

 

そういった“違い”に慣れるにはまだ時間がかかるのかもしれない。

しかし、考えてみれば すでに日本にだって様々な意味での多様性があふれている。

世代の違いだって、

ジェンダーだって、

経済面での貧困層、中間層、富裕層などの違いだってそう。

目に見える障がいを持っていたり、

目に見えない障がいを持っていたり。

みんなそれぞれに異なるバックグラウンドを持っている。

その身近な多様性に気付くことで、

見方が変わる、考え方が変わるのではないか。

少なくともわたしはそうだったように思う。

生まれた、育った国の違い、宗教の違いだけじゃない、

ダイバーシティはわたしたちの身の回りにあふれているのだと 認識してから、

世界の見え方が変わった。

ふつうは…” ってよく語られる “ふつう”なんて、

本当は存在しないのだと思うようになった。

少しひねくれたのかもしれないが、

その “ふつう”に当てはまらない例外を いつも頭のなかで探すようになった。

自分のフレームの外にあるものを、

もっともっと見たい、知りたいと思うようになった。

違っているからこそ面白いんだよ。

あのひとはあのひとそのままで、すばらしい。

あなたはあなたそのままで、すばらしいんだよ。

ってありきたりな言葉に聞こえるかもしれない。

でもなかなかこれに本当に自分で気付くって難しかったりする。

人に気付かせるのも難しいかもしれない。

でも、これに気付く少しのきっかけをつくることはできるんじゃないか、

いまはそのきっかけをどうつくろうか、 方法をさがしているところ。

まだまだ知らないことだらけで考えも甘くて、

道のりは長いけど、一生かけて何かできたら良いな って、

それがいまのいちばんの夢。

 

 

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