Kana's notes

留学のこと、日々のこと、旅のこと、なんかふと思ったこととかをたまに書きたい。

ニューヨークの道ばたで。

住んでいるところの近所の道を歩いてると、
小さい男の子がのってるベビーカーを押したお母さんに話しかけられた。
お腹に赤ちゃんもいて歩くのも大変そう。
この子のオムツも必要で、 食べるものも必要。
助けてほしい。 本当ににごめんなさい。
そう言って本当に申し訳なさそうな顔をして何度も謝る。
 

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こっちに来てから 何度もお金を人に求めている人たちを見たし、
それをビジネスとしてやってる人だっているっていうのも知っていたし、
そのお母さんを疑う気持ちがないわけじゃなかったけど、
その小さい男の子が私に向けるまっすぐな目を見たら、
つい「私に何かできることある?」 って言ってしまった。
 
そのお母さんたちと一緒にスーパーに行って買い物をすることになった。
 
女性:どこから来たの?
私:日本から来たよ。
女性:日本はどんな感じ?
私:日本も物は高いけど、 やっぱりニューヨークはいろいろなものがすっごく高いよ。
女性:ニューヨークは全部が高すぎる。
あなたが始めて助けてくれた人。 本当にありがとう。
みんな大きい声で罵ったり、批判したり。
ニューヨークに住んでいる人は冷たい人が多い。
 

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歩きながらこんなことを話した。
スーパーに入って、 そのお母さん、
悩みながら アボカドとかトマトとかをかごに入れて、
もうこれくらいで終わりだからって私に言って、
その後お肉コーナーに足を進めた。 ちょっとやな予感がして、
高い肉はやめてね、安いのにしてね、 って祈ってたら
さっと$10の肉のパック二つをカゴに入れようとして、
これはちょっと払えないと思って
 
ぜんぶ払えるかどうかはわからないよ。
正直今自分もクレジットカードのトラブルもあって これは友達に借りたお金で、
お金に困ってて、 少しなら払えるけど… って言ったら、
 
募金だと思って。
私もいつかそういうかたちで返すからって。
 
それでもできないって言い続けたら、
じゃあこれここに置いて行くって 野菜とか入れたかごをそこに置いて
お店の出口まで向かって歩いて行って、
なんかやけにあっさりしてるなあと思って
出口の手前で 何も買わなくていいの? って聞いたら、 いいの って言う。
そして出口を出て、 振り向いたお母さんがまた申し訳なさそうな顔をして、
お願い、 募金だと思って助けてほしい。
$4でも$5でもいいから
ってまたお願いされた。
$3でもいい?って聞いて、 そのときお財布に入ってた紙幣の$3を渡した。
本当にありがとう って、お母さんに言われた。
大丈夫って言ってうしろを振り向かないでその場を去った。
その後何事もなかったかのような顔でお母さんはスタスタと歩いて行ったかもしれない。
前にニューヨークの空港で私がお金を渡したボロボロの服を着た男の人のように。
どうだったかはわからないけど、それを見たいという気持ちにはならなかった。
 
複雑な気持ちだった。
あげたお金は$3だけど、 自分の中ではお金をあげるかあげないかにとても大きな意味があった。
このやり方がその女性のお金を稼ぐ方法なのかもしれない。
わざわざスーパーの外に出てからお金が欲しいって頼んだのも、
お店の中にいる人に見られないようにするため。
いつもやっていることを誰かにばれないようにするためかもしれない。
でも本当にお金に困っていなかったら、 こんなことはしていないのではないか、 とも思った。
後でいろんな人にこの話をした。
ベビーカーを押したお母さん2人組に同じように声をかけられた人もいた。
 
みんなの言っていたこと。
 
その行動をとったことで、 日本人なら簡単にお金をくれるってなめられて、
ほかの日本人に迷惑をかけるかもしれないよ。
 
そのお金でドラッグを買うかもしれないから
渡さない方がその人(ドラッグ中毒になっている人)のためにもいいんだよ。
ぜんぶその通りだと思った。 ただお金を渡すだけ、じゃすまない。
とっても責任の重いことなんだって思った。
そのお金が本人のものになるかもわからない。
 
道端でお金を渡す直接的な方法ではない、 自分に何かできる方法はきっと他にもいろいろあって、
そっちに目を向ける方がいいのかもしれない。
ただ、自分の中でまだそうかってストンと落ちてこないのは、
こうするべきだってはっきり言えるような知識も経験もまだまだないからなんだろうと思う。
 
私は日本で、札幌で暮らしていて、
ニューヨークでは毎日のようだった、 困ってる、お金が欲しい、お願い、 って人に言われるような
こういう経験を一度もしたことがなかった。
地域や、もちろんタイミングによって起こりうることだと思う。
でももっと頻繁に起こったっておかしくないことなのかもしれない。
 
助けてくれって大声で叫べる環境と、
叫べない(もしくは叫ぶことを許されない)環境。
社会に存在する問題がはっきりと目に見える環境と、
見えづらい(もしくは見て見ぬふりをされている)環境。
 
どっちがいい、悪いじゃないし、
どっちかがより深刻で、どっちかがそうじゃない、 とは言えない。
でも日本についても考えるといろいろと思うことがあるなあと思った。
 
新たなトピックになってしまいそうなので
つづきはまた今度。